morison30000のブログ

新しい時代が到来しました。
2012年から 世界は大きく変わり始めました。
大いなる主体が地上を去り
永遠の対象であったものが 邪な誘惑に負け 偽の主体に立つことにより 韓国はもうすぐ消滅します。
カゴメ カゴメ 後ろの正面はだれなのでしょう!!!!
 

イエス様の路程を時系列で読めば 聖書が見えてくる




前からの銃弾なんだけど!!!日本の警察は馬鹿なのか??


4っの福音書を見ると 見えてくる世界があり クリスチャンも気づかない 聖人でも気づかなかった 内容を 霊的キリスト教の教祖たちや お父様は理解し しかしお父様だけが元帰り の方法を解読し 理解し 実践されてきたことが理解できます。


3.公生涯の準備     マタイ   マルコ      ルカ      ヨハネ
洗礼者ヨハネの活動    3:1-12    1:1-8       3:1-6,
3:7-18
イエスの洗礼       3:13-17    1:9-11      3:21-22
荒野の誘惑        4:1-11     1:12-13     4:1-13
洗礼者ヨハネの証言                            1:19-34
最初の弟子たち                              1:35-42
フィリポとナタナエルの召命                         1:43-51
カナでの婚礼                                2:1-11
カファルナウム滞在                             2:12



マタイの福音書の執筆年代
使徒であるマタイがこの福音書を書いたのは初代教会の初期で、紀元50年頃だと言われています。その頃のクリスチャンはほぼ皆がユダヤ人だったので、本書を執筆するにあたってマタイが重点を置いているのがユダヤ的観点である事がわかります。
イエス様が亡くなられて 17年
マルコの福音書の特徴


マルコの福音書は最も短い福音書で、そのうちの約90%の内容がマタイの福音書かルカの福音書にも出てきます。一見同じような内容に見えるかもしれませんが、マタイが主にユダヤ人読者に宛てて書いたのに対し、マルコはローマの、特に異邦人と呼ばれる外国人のキリスト者たちに宛てて書いているので、マタイとは違った雰囲気があります。
(紀元70年以前)イエス様が亡くなられて 37年


ルカの福音書の特徴
この書の特徴は、ルカが綿密な歴史を順序立てて書いている事です。ルカは教養のある人で、あらゆることを初めから調べて、順序立てて書くことのできた人でした。それは医者であり、歴史家でもあったルカの性格かもしれませんが、他の福音書では省略されているようなことも詳細に書かれています。そしてイエスの語ったたとえ話を多く記し、文学的に“史上最も美しい本”と言われています。
 言い方を変えれば 韓鶴子 ピーター金 大塚さん国時さん小山田会長 周藤先生 勅使河原さん
 人間的にお父様を見てこられましたねという事です。
紀元60年代の初め頃だろう イエス様が亡くなられて 27年 
ヨハネの福音書の特徴


この書は特定の人々に書かれたのではなく、イエスの福音を必要とする全ての人へ向けて書かれているため、どんな人にも訴えるものがあります。共観福音書がイエスの宣教活動のほとんどの部分をガリラヤや地方に位置づけているのに対し、本書はエルサレムとその周辺に限定していたりと、共観福音書との共通記事が全体の1割にも満たず、ヨハネ特有の記事が多く含まれています。
その大きな特徴は、共観福音書のように年代順にイエスの生涯を紹介することはなく、イエスが「神の子」であることを強調しているためもっとも神学的な内容になっていることです。
そのためヨハネが本書を書いた目的は明白でした。
 12弟子である ヨハネは イエス様を12弟子の中で最も慕い 愛し 救い主と信じてこられたわけです。
まとめられた年代が 紀元85-90年に執筆され、福音書の中でも1番最後に書かれたと一般的には考えられています。ということは 12弟子であるヨハネは
 イエス様の死後 62年ぐらい 羊の皮などに 残した文章を 彼と弟子たちが 
編集し直した!!!彼が ペテロやヤコブと共に 3弟子として見てきた内容が書かれてあるわけです。
 彼の 弟子である黙示録のヨハネが 自然死を遂げられた背景を見ても 
 素直に従順に 謙虚に救い主としてイエス様を幼子のように愛し 行かれた方であったわけです。
 朴ポーヒ先生や 安先生 康オモニ 崔元福先生 2代王や国進様もこの部類とかんじます。

ヨハネが本書を書いた目的をもう一つあげるとすれば、それは2代目クリスチャンの信仰を励ますためです。12章から17章までは信仰者を対象に書かれています。ヨハネが彼らの信仰を深めさせ、彼らをより成熟した弟子へと成長させるという目的をもっていたことを示しています。当時広まっていた、「人間であるイエスにバプテスマの日に『キリストの霊』が下り、十字架の上のイエスから同じ霊が去った」という間違った教えが広まりつつあったためそれらの考えを正そうともしました。イエスは間違いなく「神の子」であり、完全に神であり人であった事を教えたのです。


結論から言いますと マタイ ヨハネを読めば ある程度の内容は判り
 マルコはマタイとルカを見て 書いたという事と ルカは ユダヤ人ではなくユダヤ人的思考 伝統などにとらわれず 人間的にイエス様を見たことが理解できると思います。
高野山にあるのはマタイの福音書であり その流れから 仏教はアジア仏教とは別の弥勒菩薩を救い主とする キリスト教的仏教に変わったのだと理解します。
しかし根幹がマタイの福音書 であるわけです。
古い神道は ユダヤ教そのもので 空海の教えはキリスト教と類似する
であるからして 日本人は 再臨主を迎え入れるために 渡来した ユダヤ人の子孫の血が多く残され 問題はかれらゆえに偶像崇拝に陥りやすいという 堕落性も持ち合わせているわけです。