morison30000のブログ

新しい時代が到来しました。
2012年から 世界は大きく変わり始めました。
大いなる主体が地上を去り
永遠の対象であったものが 邪な誘惑に負け 偽の主体に立つことにより 韓国はもうすぐ消滅します。
カゴメ カゴメ 後ろの正面はだれなのでしょう!!!!
 

ヨンジン様は自殺したのか?それともサタンが基台

を組んだから 現象として現れたのか?皆さんはどう考えられますか?

お父様は真の父母様 オリジンであり そこから カインの子女圏とアベルの子女圏が生み増えていくわけです。
あくまでも お父様はお1人でも真の父母様であり
初期メンバーの意識は お父様は 天皇陛下よりもまさる イエス様と同格の方であられるわけです。
しかし イエス様は母子協助なく結婚できず 洗礼ヨハネが支えず 弟子も立たず 十字架に行かれたわけです。
イエス様の本来の目的は ユダヤ教の再臨の思考は 再臨主は結婚し子女はとこしえに永遠に続くという教えであるわけです。
聖書の予言は 2タイプの予言であり イエス様は王の王になられると
蔑まれ捨てられるであるわけです。
ですので 地の事情 祝福を発展させていくためには 蘇生期の子羊の婚姻が必要になり
それに最終的に残ったのが韓鶴子オモニであったわけです。
しかし彼女の選択において 彼女は8人の息子を産まなければならなかったわけで
17歳の彼女の苦労はいかばかりであったでしょうか?
韓流ドラマを見ると時代劇で東宮などが出てくるわけですが そこには彼を支えるグループと王様を支えるグループ 王妃のグループと 彼らは利権争いを始めるわけです。
これが 家庭連合内でも起こり 1994年ごろ 金ジンムン先生が言われたお父様が後継者を立たせたくても 組織が納得しないと言われた 利権争いがその当時起こっていたわけでワコムの神村婦人も恵藤婦人も アボジは呆けたのかしら???と言われる時点で
いわゆる 摂理の中心家庭でもそのレベルであったと理解しています。
そのように 地の事情に韓鶴子が責任を持てば ピーター金や郭ジョンファンなどは
お金の流れに敏感になりますし 王の王として メンバーや外部の方に湯水のようにお父様が与えるお金が使えないように 彼らはコントロールを始めたわけです。
自分たちの私腹も肥やし始めたわけです。
そのようにお父様は 原理 摂理の方でしたが 韓オモニは現実的であり 彼女の理論が彼女の正義であり 取り巻きも お父様よりも彼女の理論彼女を守ることが正義になったわけです。
韓鶴子を中心にすると トランプ大統領を支えるとか 世界平和は存在せず 組織をいかに回すか 箱物をいかに作り それがあたかも摂理であるかという 摂理のすり替えまではじめ最終的にはお父様のおられたころとは完全に違う 統一教会になってしまったわけです。
家庭連合は 1992年に韓鶴子が女性連合で出て以降 韓鶴子を中心にしたグループは
肥大化し権力と 地位とお金を求めますし いけにえも必要とします。
 1998年には3馬鹿女がまとまり 韓鶴子 金孝南 X女史が韓国清平役事をお父様の命令を無視して 直談判し 再臨主である 真のお父様を無視し閉じ込めることで
ヨンジン様家庭を破壊 ヨンジン様も1999年にはラスベガスでなくなられたわけで
これは 王様は自殺と言われましたが 自殺ではなくサタン側の女が基台を組んだことで
栄進様の意識を混濁させ サタンの侵入を実の母親を用いて 彼の意識に侵入させたわけです。
韓鶴子オモニは もともと自分を守ろうと平気でうそをつく 母子家庭の娘でした
洪ハルモ二が霊能者であり 青年が憑依され除霊できずに死なしてしまい 洪ママは牢屋にぶち込まれ その時母子家庭で悲惨だった韓ママはどんどん自分を守るすべを身につけ
自己中心的な性格を開花させていったわけです。
ですので子供が死のうが 侵されようが 自分だけが良ければ幸せなわけです。


6マリアと呼ばれる先生たちは 崔先吉先生の場合は忠母様の母子協力で成り立っていた縦の基台がなくなり
横の基台を通して 先生たちの活躍によって韓鶴子の働きによって初期協会は発展したのではなく6人のお母様達のおかげで 崔先生や 姜先生 金ミョンヒ先生やいわゆるお父様の奥様達のおかげで発展してきたわけで その中心に韓鶴子がいただけで
よーーーーいドンと誰がゴールするかわからい状態であったわけです。
韓オモニが失敗すれば 子供を産むことを渋れば 崔淳華さんがでてきて サミュエル朴を産むいわゆるアボジの脅しであったわけで 韓鶴子が悔い改めまた産み始める
彼女にとっては地獄だったわけです。(女の子を連発して産めば 打ち止めとなる 過酷な路程でしたが韓オモニは8番目を産むことなく出産による失敗をおこしたわけです)

教会の発展はこのおばあさんたちによってもたらされた 

お父様の自叙伝の発表の時にも お父様は堂々と 自叙伝の大半はこのおばあさんたちの

歴史であるとかなんとかおっしゃられたようで

証ししなさいと!!!おっしゃられたとか??? 何を証しされるかと 皆さん大変だったそうですね!!!

先生たちも大変だったと思います。

盾で復帰してきた摂理歴史を 横的に復帰しなければならない!!!お父様にとっても地獄ならお母様達にとっても過酷な道であったわけです。

2014年の藤井会長を解任した 直談判事件 梶栗 石井 桜井先生たちの自分たちが日本統一教会を守って来たんだという 自分と家族を守るため 復帰摂理を否定した信仰姿勢

公職者と呼ばれる方達が サンクチュアリーに判っていながら来なかった理由を感じます。

彼らの神様 アボジに対する不信仰によって教会は滅びかけているわけです。

この法則を小山田会長が1991年のファミリーに連載されておられますが

 今まで私は知らなかったと発言されておられ 敏感でない方がお父様の側にいても何も理解されていなかったことが理解出来ます。



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>ハマス戦闘員を撃退、集落守ったイスラエル元特殊部隊員 「1人も侵入させなかった」

10/13(金) 19:21配信
BBC News

ハマス戦闘員を撃退、集落守ったイスラエル元特殊部隊員 「1人も侵入させなかった」

ダン・ジョンソン、BBCニュース(イスラエル・テルアヴィヴ)

イスラム組織ハマスの戦闘員らが7日早朝、パレスチナ自治区ガザ地区からイスラエルに押し寄せた。最初に攻撃を受けた集落のひとつが、境界近くのキブツ(農業共同体)ニル・アムだった。住民は激しく抵抗し、襲撃者を追い払った。

「私はピストルと洋服、防弾チョッキ、それからたばこを手に取りました」と、アダムさんは穏やかに語る。7日午前6時半に、銃声を聞いてベッドから飛び起きた時の話だ。「私たちは、フェンスに近づいてきた人を全員殺し始めました」。

ガザ地区から2キロメートルしか離れていないニル・アムでは、約400人が生活している。ハマスの攻撃を生き延びたアダムさんはこのコミュニティーの英雄と呼ばれている。

「私はトランシーバーを持って、繰り返しこう言いました。『ニル・アムには誰も侵入させない。ニル・アムには誰1人として入れない』と」

現在46歳のアダムさんは、元特殊部隊員だ。彼の顔やフルネームを明かすことはできない。坊主頭のボクシング経験者。大男ではないが、けんかの相手にはしたくない人物だ。アダムさんが自分自身を守れるのは明らかだ。

ニル・アムを守ろうとするアダムさんに、複数の住民男性が加わったという。

「戦い方を知らないけど、強い心を持った複数の民間人が加わってくれました。特殊部隊の経験があるのは2~3人で、ほかの人は(中略)IT関連の仕事をしている普通の人たちでした。でも、すごく、すごく並はずれた人たちです」

アダムさんたちは3~5時間ほど戦い続けた。正確な時間はアダムさんにはわからない。そのうち、戦闘は小康状態になった。

「みんなでもう大丈夫だと思っていたら、第2波がやってきました。マシンガンや携行式ロケット弾を持ったテロリストが8~10人。(中略)私たちから10~15メートルの場所まで来ました。私は彼らの方へと走り、立った姿勢で発砲し、殺しました。(中略)頭に銃弾を撃ち込みました」

その銃撃戦の最中、アダムさんは何を感じていたのだろうか。

「私の思考はいつも通りでした。自分は戦士であり、兵士だ。このために、自分は訓練を受けたのだと」

そして、何が危険にさらされていたのかを、アダムさんははっきり理解していた。武装集団を止められなければ、ほかのキブツのようにニル・アムの人々は虐殺されていただろう、とアダムさんは言う。

「彼ら(ハマス戦闘員)は家々を襲い、女性や子供を殺す。だから私たちは戦い続け、殺し続けた。このキブツに誰も入れなかった。誰もけがをしなかった」

現在、ニル・アムの住民はテルアヴィヴのホテルで生活している。いつ戻れるかはわからない。アダムさんは、一部の住民が過度に恐れることを心配しているという。

アダムさんは、避難先で受ける親切に感謝している。「とても温かくもてなしてくれて、もうひとつの家のようです」と、アダムさんは言う。「イスラエル全土から衣服や食料が送られてきました」。

しかし、ここでも、避難者は完全に安全というわけではない。私たちの会話は、新たなロケット弾攻撃を警告するサイレンで遮られた。アダムさんは落ち着いて、私たちをシェルターに案内してくれた。そこでは、複数の家族が身を寄せ合っていた。何人かの子どもたちが泣いていた。

「私たちにとっては何でもないことです。南部に住んでいるので。私たちにとっては日常茶飯事です」と、アダムさんは言う。

アダムさんはイスラエル政府に批判的だ。とりわけ、治安当局が攻撃を予測して備えることができなかったことを指摘する。

「この国のリーダーシップがいま、試されている。現在の指導者たちは私たちにはふさわしくない」と、アダムさんは言う。

ハマスのイスラエルに対する過去最大の攻撃で、イスラエル側で約1300人が死亡し、少なくとも150人が人質になった。一方、ガザ地区へのイスラエルの報復攻撃では1500人以上が死亡したとされる。イスラエルはガザ地区を包囲して燃料や食料の搬入を妨げている。

将来についてはどう考えているのだろうか。

アダムさんは、ガザ地区のほとんどの市民は普通の生活を望んでいる善良な人たちだと思うとしつつ、自分はハマスに対処するための圧倒的な軍事行動を望んでいると話す。

「同じ解決策ではだめです。私たちにはもっと、はるかに強力なものが必要なのです」

一方で、イスラエル軍にガザ地区には入ってほしくないという。「彼ら(ハマス)はガザでわなを仕掛けて待っている。まずいことになる」。

ニル・アムの住民で殺害されたのは、ハマスに襲撃された音楽フェスティバルに参加していた若者1人だけだった。アダムさんと、彼の民間人部隊が、自分たちのキブツの安全を守ったのだ。

(英語記事 Ex-soldier fought off Hamas and saved kibbutz neighbours)