morison30000のブログ

新しい時代が到来しました。
2012年から 世界は大きく変わり始めました。
大いなる主体が地上を去り
永遠の対象であったものが 邪な誘惑に負け 偽の主体に立つことにより 韓国はもうすぐ消滅します。
カゴメ カゴメ 後ろの正面はだれなのでしょう!!!!
 

火の粉を払えより


コメント
入信動機の大半を占めるのは「感動」
なるほどと唸らされました。
評判の良い原理講師は、感情を揺さぶるようなストーリーテリングが巧みです。
はじめに教義を受け入れる際に、「感動」が占める割合は9割くらいでしょうか。
礼拝でお涙頂戴のYoutube動画を流した牧会者がいましたが、参加した食口の何人かが泣いてました。
内容なんて何でも良く、砂を嚙むような生活の中で「感動」を求めているだけなのかもしれません。
文師他界後は、教理も経典も変更されています。
しかし分派と呼ばれる少数派(1%以下)を除けば、ちょっと変だと感じつつも何も行動しません。
「おかしなことが起きてるよ」と何人もの知り合いに説明しようとしましたが、拒絶する根底にあるのは感情的反発です。
まともに対応してくれる数少ない食口は、こんな弁明をします。
「お母様がどれだけお父様を愛し、どれだけ困難な状況でその願いを果たそうとされているか…一番信頼した息子たちにすら裏切られて…私にはそのお辛い心情が分かり過ぎるくらい分かるので、絶対にお母様を裏切るなんてことはできない!」
「どれだけ・・・」とか「分かり過ぎるくらい分かった」は、食口の会話でしばしば使用される表現です。
どちらも感情を揺さぶり、主張の正当性を示す際に使用されます。
ここでは、韓婦人が正しいことをしてるかどうかは重要ではなく、「四面楚歌の王妃様に同情する、忠義ある私」をアピールすることが優先されます。
北朝鮮では首領様への忠誠競争が繰り広げられ、年端も行かない子どもが金日成の銅像の前で、慟哭しながら「アボジー!」と絶叫する姿が目撃されるそうです。
韓婦人の前で「無条件ダンス」を踊る二世たちは、同じような高揚感に溢れていることでしょう。


[2020/01/26 18:27] URL | 善きサマリア人 [ 編集 ] TOP ▲


100字で定義は無理でした
統一原理は「神と人間の関係は親子」という啓示から展開された思想体系である。
ここでははじめから唯一神の存在を認め、宇宙の創造には目的があると主張する。
人間存在は被造物の中でも特別であり、神も干渉できない責任分担を果たすことによって成長する。
人間の成長は、三大祝福と呼ばれるかたちで定義される。
第一祝福:人格の成長
第二祝福:結婚および子女の養育
第三祝福:社会貢献、世界平和の実現
人類始祖は責任分担を果たせなかったため、上記祝福を実現できなかった。
神は人類を救済するためにイスラエル民族を選び、イエス・キリストを救世主として送った。
しかしイスラエル民族はイエスを十字架で殺害したため、救済は未完に終わった。
神はキリスト教を新たな選民として定め、人類救済の摂理(計画)を進めた。
文鮮明師は「イエスのやり残した使命」を継承し、冒頭の啓示から統一原理を編み出した再臨主である。
イエスは第二祝福以降を実現できなかったため、文師はその使命を継承した。
しかし文師もまた、使命半ばにして他界した。
現在はその妻および子息が、未完の使命に取り組んでいる。465字


最後の一行はご愛嬌ということで…


[2020/01/26 19:31] URL | 善きサマリア人 [ 編集 ] TOP ▲


定義になっていません。
丁寧に書いていただいたけど、定義になっていません。


統一教会がこれまで語ってきたことを前提にされています。よって、一般の人には理解不能でしょう。


「神も干渉できない」って?
「責任分担」って?
「三大祝福」って?


465字だそうですが、1000字でもかまいませんよ。もっと多くてもいいです。
国語辞典をときにひきながら、挑戦してみてください。


[2020/01/27 11:59] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


UCの人々
最初UCに誘われて入信する人々は、日々の生活の中で精神的に渇望困窮している人々が多いようです
善きサマリア氏のコメント内容が代表的感想かもしれません
学術的科学的歴史的宗教史的な勉強はほぼなされておりませんので、一つの感動した教理の一部だけですべてを判断し観て受け入れているだけの人々が大半に思います
完全に教団によるマインドコントロールあるのみです
一度受けたマインドコントロールは脳波を完全に占領して元にもどることは至難の業になっています
現実UCの人々は完全なる勉強不足であり、一つのものに捕らわれた意識と脳は、他の知識や学問を軽く観すぎて無意識的に毛嫌いしているし排斥する傾向が顕著です
このような実態であることをUCの人々は気づいていないのか
それとも無意識のうちに現実逃避しているのか
どちらにしても宙にういた思考の人々が多く診られます。
教団のマインドコントロールの呪縛は何層にもひしめきあい個人を座敷牢に
隔離しながら飼いならしているとしか思えない現状です



[2020/01/27 12:45] URL | 大和人 [ 編集 ] TOP ▲


定義、挑戦してみます
初めてコメント投稿します現役食口です。
ここ一年程度ですがいつも読ませて頂いております。
前置きはこのぐらいで勉強してきた内容をもとに本題を。



⚫原理とは


人間が自他問わず何らかの行動を評価する上で、それが善行か悪行かを誰に教わるでもなく感覚的に感じ取れるよう心に備わった根源的な判断基準のこと。



これまで教会を離れたり戻ったりしましたが、僕が勉強した内容を言葉にするならこれ以上でも以下でもないように思います。
定義という言葉の意味合いに則しているでしょうか?


ちなみに米本さんの質問を所属教会の職員に尋ねましたが、感覚的に把握しておくもので明文化は偶像崇拝と同じく神様の嫌うものだそうです。
…それを言ってしまうと聖書、原理講論、みことば集全てを否定してしまうのではと思いましたが、不毛なので追求はやめました。
おそらく、感情的に返ってきて全く納得できないのは明らかでしたので。


それでは長々失礼いたしました。
またブログ読みに来ます。


[2020/01/27 19:09] URL | Yammy@過負荷 [ 編集 ] TOP ▲


興味深い分析、ありがとうございます。
いくつか思うところがあるので、思うまま書かせてください。


まず、食口は感情で入信する。当たっていると思います。
まず、そもそも論で、人は知より情を優先して動くと思います。これは以前、火の粉の「自律と他律」の記事にコメントしたと思います。


それから、おそらく宗教に傾向する人に情的タイプが多いと思われること。これはセミナーで使われるネタからですけど。
知的タイプなら、哲学者や科学者、意的タイプなら、共産主義など活動家、情的タイプは宗教家や芸術家など知情意からの傾向ですが言い当てているかも知れません。


入信率ですが、こんな話を聞いたことがあります。


MCI馬渕氏が言っていましたが、セミナー受講生に対して献身するのは16人に一人。
献身までは、当時、2Days,Lifeトレ,4Days,新トレ,実トレとあり、各段階で半分ずつ落ちるので、これを根拠に1ヶ月の献身者獲得目標から日曜日の動員目標を立てていたようです。
1%ということは、献身者5、6人に一人が祝福を受けたのかな?


セミナーで感情的クライマックスを作るのは、まさに情に訴えるためでしょう。私が青年部の頃は、一般のセミナーの心のトレーニング的な物を取り入れて、涙いっぱいなんて企画もありました。


対照的なのは、ビデオ伝道を始めた倉原講師でした。直接講話で聞きましたが、「私はしっかり原理を入れる(理解させる)ので落ちる霊の子は少ない」と言っていました。
教会で原理講義をする人が、お涙頂戴の講義を揶揄するのを聞いたこともあるので、セミナーで人の感情が利用されたともみれるかも知れません。


もうひとつ、原理用語の定義について、
本質的な問いに感謝します。


特に、責任分担を正解でなくとも、もう少しまともに定義していたら、日本統一教会はこんな悲惨な道をたどらなかったでしょう。


では、私は責任分担をどう説明するのかというと、
親が子供の成長に合わせて、どう干渉するかで説明します。ただこれは論理的な説明にはなってないです。親の過干渉問題など、そもそも子供自身の成長の自己責任が定義されていないし、原理的説明をしようとするなら、神様がどのように創造したから、子供自身にこういう責任があると定義しないといけないわけです。さらに汎用的であるために、抽象化されなければなりません。


統一思想を執筆した李相軒先生は、御自身で説明をまとめられ、文先生のチェックを受けて修正しながら執筆したと、聞いたか読んだ記憶があります。


定義する方法ですが、私に思いつくのは、まず妥当な定義をして、文先生のみ言葉にその解釈を当てはめて読む。それで意味が通らない部分が有れば、定義を修正して、再度全体が矛盾しないか読む。そうやって修正しながらでないと正確な定義付けは難しいと思います。


[2020/01/28 09:56] URL | プームチャイ [ 編集 ] TOP ▲


Re:興味深い分析、ありがとうございます。
>1%ということは、献身者5、6人に一人が祝福を受けたのかな?


いや、違います。書いた通り、
「ビデオセンターを受講しマッチング結婚に至るのは、受講生のたった1%!」


[2020/01/28 11:47] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


これが正しいかも。
Yammy@過負荷さんの投稿(定義、挑戦してみます)です。


(引用はじめ)
ちなみに米本さんの質問を所属教会の職員に尋ねましたが、感覚的に把握しておくもので明文化は偶像崇拝と同じく神様の嫌うものだそうです。
(引用終わり)


考えてみます。


なお、追記を加えました。


[2020/01/28 11:55] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


Julianさん
個人メールを送信してくれませんか。


[2020/01/28 16:24] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


原理的だ、いや非原理的だ !
サ教が誕生した頃だったか、原理的だ、いや非原理だーといった意味のないやりとりがやられていたと記憶しています。


『原理講論』が誕生してから、もはや50年以上。
統一原理は虚ではないかと強く思うようになってきました。


[2020/01/28 16:59] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


統一原理の定義
文鮮明師によって解明された人生と宇宙の根本問題を解決する新しい真理(33文字)
私も(挑発的に)提案された一人でした。回答遅れました。


[2020/01/30 06:35] URL | 澤田地平 [ 編集 ] TOP ▲


素朴に疑問
真理に新旧があるのでしょうか?あるとすれば真理の定義とは?なんて思います。


[2020/01/30 08:31] URL | situnen [ 編集 ] TOP ▲


澤田さん、冴えませんなぁ。
澤田さん
「文鮮明師によって解明された人生と宇宙の根本問題を解決する新しい真理(33文字)」


situnenさん
「真理に新旧があるのでしょうか?」


国語辞典さん
「その物事に関して、例外無くあてはまり、それ以外に考えられないとされる知識・判断」
(あたりまえですが、新旧は関係なし)


なお、澤田さんの定義にはまだ難があります。
●「龍明小説 紡ぎます」
●「詐称して見合いしてその晩致しましたハイ/龍明小説2ー1」
●http://anzais.blog.fc2.com/blog-entry-61.html


文鮮明は学歴詐称男、性にだらしない男。
「彼女(一番目の妻)がその時のことをメディアに語ったところによると、彼は他の家族に知られぬよう深夜、婚前交渉を戒める朝鮮儒教の伝統を蹴破って彼女の寝室に押し入り、強引に初夜を済ませたという」


澤田さんの定義、滑稽ですね。


[2020/01/30 13:01] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


Re:統一原理の定義
原理講論のはじめに「総序」の項があり、そこで述べていることを要約すればこの定義になります。真理の新旧ついても論じていますので、ご関心の向きは↓
https://ffwpu.family/library/divineprinciple/introduction


[2020/01/30 19:50] URL | 澤田地平 [ 編集 ] TOP ▲


Re:Re:統一原理の定義
原理講論の「総序」と統一教会とはどのような関係にあるのか。考えてみたことがありますか。


それがまったく、全く関係ないのです。
もう少し言えば、統一教会とは全く関係のない作文(お花畑、小生の言葉で言えば夢見る夢子ちゃんの世界)が書かれているにすぎません。


統一教会は金金金の世界です。団体の創始者は物欲のみならず肉欲も大好きです。


澤田地平さんもけっこう大きなお金の中で生活をしていたことがありますよねッ。「総序」とは無縁だった生活のはず(爆笑
今は?


ところで、『原理講論』と「原理」とはどういう関係にあるのか。考えたことがありますか。


[2020/01/31 11:45] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


なかなかな嫌悪感がきて、草
これは。話通じないか。
それで通用するという考えで行動する(してきた)から、それでは監禁されるんではないかとわたしは思いました。そこそこに離脱します、失礼しました


[2020/01/31 13:14] URL | situnen [ 編集 ] TOP ▲


不毛に思いますが。
医学や科学の知識も日進月歩で変わっていくのに、そもそも無駄に真理を追及する意味がわかりません。


自分の心が感動した内容、自分にとってはそれが真理です。過去に統一原理で学んだ知識の中で嘘でも自分の心が感動した箇所は自分の中で「その時の真理」です。(その辺を詳しく話すのは申し訳ないけどパスです。)


米本さんも知らなかったり朝令暮改で変わられた内容があったではないですか。人間ってそんなものではないですかね。言葉も知識もどんどんバージョンアップされていくものです。


それと今のコロナウィルス感染、環境、宗教戦争問題を考えた時に世界的にリーダー達が集える世界会議を作った点は文氏は個人的問題点はあれど是々非々主義から見たら評価できるとは思います。


その辺の詳しい話は現役さん達が頑張ってご説明下さい!
 私には興味がない議論だからパスです。ペコリ
 


[2020/01/31 20:51] URL | sun [ 編集 ] TOP ▲


Re:Re:Re:統一原理の定義
>原理講論の「総序」と統一教会とはどのような関係にあるのか。考えてみたことがありますか。
>それがまったく、全く関係ないのです。


とのことですので、


>ところで、『原理講論』と「原理」とはどういう関係にあるのか。考えたことがありますか。


の答えも、「それがまったく、全く関係ないのです」みたいな、きっと意表を突くお考えが米本さんにはおありだと思いますから、先ずそれを聞かせて下さい。


[2020/01/31 20:58] URL | 澤田地平 [ 編集 ] TOP ▲


真理とは?原理とは?
まず、最初の方の書き込みを見て提案しようと思っていたことがありましたが、もう既に書かれてしまったことがあります。後で述べますが、その前に、誰も指摘しないので書きたいことがあります。


「真理に新旧があるのでしょうか?」


地平氏の定義をよく読めば矛盾がない事が分かるはずです。


「文鮮明師によって“解明された”人生と宇宙の根本問題を解決する新しい真理(33文字)」


分かりますね。言葉遊びのレベルであって、言葉の意味を辿るまでもありません。


そこで、引っかかるのが、「真理」「原理」のワードですが、これをどう定義し、扱っているかを問題にした方が遥かに生産的だと言いたかった(だが言われてしまいました)。


総序での真理は、無知を打開し真の幸福を実現する形而上学、形而下学的根本理論の集合ということになるか(大統一理論的な?)。


原理講論は「真理の一部分であり、今までその(文鮮明の)弟子たちが、あるいは聞き、あるいは見た範囲のものを収録した」物であり、「時が至るに従って、一層深い真理の部分が継続して発表されることを信じ、それを切に待ち望むものである。」から、真理の一部分であるととらえることが出来、真理の発表が更になされる事を保障してくれていない事が分かる。


原理については
「人間として歩まなければならない最大の試練の道を、すべて歩まなければ、人類を救い得る最終的な真理を探しだすことはできないという原理を知っておられたので、先生は単身、霊界と肉界の両界にわたる億万のサタンと闘い、勝利されたのである。そうして、イエスをはじめ、楽園の多くの聖賢たちと自由に接触し、ひそかに神と霊交なさることによって、天倫の秘密を明らかにされたのである。」
総序では、真理(科学的法則<外的真理>と人の道<内的真理>)と原理<理屈よりは矛盾克服の方法論的言葉の使い方>を明確に区別して使ってません。


言葉の定義を離れて、自分の感想ですが、
とどのつまり、知れば自己矛盾を克服して幸せになれるよと書いてあるようです。はっきり言ってハッタリです。


[2020/01/31 22:42] URL | 戦ってるね [ 編集 ] TOP ▲


統一原理の間違い
>原理講論』が誕生してから、もはや50年以上。
統一原理は虚ではないかと強く思うようになってきました<


その通りです。ウソの中に、真実を少し混ぜるだけで騙せます。
教団の教義が原理講論というし、信者は、"原理"や"真理"ということばを乱発しますから、惑わされるのです。
真理の意味:本当のこと。間違いでない道理。正当な知識内容。
原理の意味:多くの物事を成り立たせる根本的な法則。


ネットに、こんな記事がありました。参考になります。
◆統一原理(原理講論)の間違い
◆http://ww52.tiki.ne.jp/~rachamim/genri.html
一部引用~
統一教会のメンバーの信仰生活は,全てこの『原理講論』から導かれるようになっています。


しかし『原理講論』には,あまりにも多すぎる誤りや矛盾などが存在しており,絶対的真理どころか,一つの仮説としても成り立ちません。 誤りや矛盾を全て取り除いてしまえば,『原理講論』はただの空白の書物になってしまうでしょう。 しかし,そこには哲学的な難しい用語だけでなく,聖書からの引用もたくさんあり,一般の人にはなかなか理解するのが難しいという現実があります。


ところが,幸いというべきか,『原理講論』の内容は矛盾に満ち満ちており,あまり他の資料を用いることなく,原理は原理によって否定されるのです。 ゆえに,統一原理は破棄されるべきものであり,統一教会での信仰生活も,罪を清算するとか,地上天国を実現するという彼らの目的を達成するためには,全く無意味なものとなってしまうのです。 また,文鮮明氏が真のメシア(救世主)であることは『原理講論』によって正当化されていますが,このことも原理によって完全に否定できます。 つまり,『原理講論』とは,文鮮明氏が偽(にせ)メシアであることを証しする書物にほかならないのです。


>統一教会は金金金の世界です。団体の創始者は物欲のみならず肉欲も大好きです<


統一3派は、皆、金金金の世界です。
サ教会の信者は、韓鶴子教祖と家庭連合を批判しますが、文鮮明教祖の指示命令で霊感商法などの反社会的活動をしていたでしょう。犯罪に加担していたのです。家庭連合も家庭平和協会もサンクチュアリ教会も、同じ穴の貉です。


数年前の動画ですが、短くて面白くて、楽しい動画です。
統一原理が、絶対的真理だと思っている信者にピッタリかな!
◆起源は機嫌よく"進化論篇"第194回
https://youtu.be/j7ZBalDytfE
◆起源は機嫌よく"創世記篇"第195回
https://youtu.be/Q9zBRyCuhio
◆教えてそこら辺"人工創世記篇"第226回
https://youtu.be/uc2AKo1N6Xc
◆教えてそこら辺"人類創世記篇"第227回
https://youtu.be/DandrArdPKU



[2020/02/01 02:07] URL | カラス [ 編集 ] TOP ▲


共産主義との相似形
エンゲルスは正しい事は心で正しいと納得できるものだと言っていました。統一教会は共産主義克服を掲げていたのに同じ精神構造を持っていた様です。


教会では共産主義は方法論的に科学的ではないよと教えていますが、


科学:一定領域の対象を客観的な方法で系統的に研究する活動。また、その成果の内容。


ということです。原理講論に書かれている事は主観的な概念の羅列で研究によって導き出される様な内容とは言えません。でも、科学的真理だよと教わるのです。


原理講論の根拠の危うさと言えば…以前書いたこともありますが、世界観が血統主義に凝り固まっている割には文鮮明の血統的根拠がない事ですかね。メシアが解き明かした事にならなければならないのに。韓鶴子の反乱はある意味筋が通っているのではないでしょうか。


[2020/02/01 06:58] URL | 戦ってるね [ 編集 ] TOP ▲


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[2020/02/01 07:44] | [ 編集 ] TOP ▲


亜種共産主義
統一原理は亜種共産主義です。
創造原理は弁証法的唯物論、堕落論は矛盾論、復帰原理は実践論に相当します。


[2020/02/01 07:57] URL | aqua [ 編集 ] TOP ▲


原理の定義(訂正)
前回の文章は定義というより概略のような内容になってしまいました。
全体を詰め込むのではなく、「創造原理」と呼ばれる内容に限定しました。
また原理用語を使用してはいけないという制約を踏まえて、以下のように書き換えました。


神は、物理的な宇宙に加えて「霊界=霊魂の世界」を創造した原因的存在とする。
神と人間は親子であり、人間は「神のかたち=男と女のペア」として創造された。
「完成した人間のかたち」とは、個人ではなくペアとなった夫婦である。
ここでは「性愛」が、従来の意味であるエロスに限定されない。
人間は性愛の快楽・喜びに対する自由を賦与されている代わりに、生殖器の管理責任を担っている。
男も女も、結婚前の生殖器の所有権は神にあり、管理責任を任されている。
結婚後の生殖器の所有権はパートナーにあり、互いに管理責任を委託する。
従って結婚とは、「生涯においてパートナーに無断で生殖器を使用しない=不倫しない」という愛の契約である。
これらの管理責任を果たしたという前提において、性愛から得られる喜びは神の賜物となる。
またそこから繁殖した子孫は、神の血統として繁栄する。
宇宙と霊界はそれぞれ、物質と愛の世界である。
人間は肉身の生命活動が停止した後も、霊魂として霊界で永遠に生きる。
霊魂の成長は、神の愛の実践に伴ってなされる。
神の愛は親子の愛、夫婦の愛、兄弟姉妹の愛、子女の愛として学習される。隣人愛・友愛・博愛はその実践型である。
神の愛が学習・実践される社会を「地上天国」と呼ぶ。
肉身生活で地上天国を実現した人間は、霊界の「天上天国」で永遠に生きる。(558字)


[2020/02/01 17:03] URL | 善きサマリア人 [ 編集 ] TOP ▲


補足
なお国語辞典には霊界や霊魂という言葉はありますが、存在を認めない人がいることは承知の上です。
神の定義と創造の目的もしかり、LGBTのパートナー婚を認めない「男女のペア理論」も、典型的なバッシングの対象になりそうです。
何より教祖自身がこの原理を実践してるのか、祝福2世はなぜ不幸なのかなど、幾多の疑問が未解決のまま放置されています。
手放しで「素晴らしい内容です」と推薦できないことは自覚してます。


[2020/02/01 17:14] URL | 善きサマリア人 [ 編集 ] TOP ▲


原理とは
神が願う事を法則にそって人間が従っていく事  例えば神が決めた救い主キリストに従う  神とメシアによって決められた代身者に従う   神の願うセックスする  悪魔の願うセックスをしない、具体的に言うとフリーセックス、ホモ、レズ、動物とのセックスなどしない


[2020/02/02 07:33] URL | 白装束 [ 編集 ] TOP ▲


神も干渉することができない
子供がテストで百点とるめ親が必死になって教えるでも答案用紙に書くのは子供です
 神と人間の関係も同じ


[2020/02/02 11:32] URL | 白装束 [ 編集 ] TOP ▲


原理非原理
本当に訳の分からない使い方するよね
原理的世界は神の願う世界
非原理的世界は悪魔の願う世界


我々は悪魔の世界から神の願う世界に努力していこうとしてる途中です


[2020/02/02 10:04] URL | 白装束 [ 編集 ] TOP ▲


お久しぶり
しばらくぶりに火の粉を払えブログを開いてみて、とても懐かしい議論が再掲されていたので、顔を出してみました。


私も現役信者ですが、現役の方々は絶対的真理があると思っていて、自分の信じているものが絶対的真理だと、信じておられます。それが信仰というものなのでしょう。


しかし、原理講論には、これまでの宗教経典は皆教科書だと書いてあります。聖書も、仏典も。その考えを敷衍するならば、原理講論も、いやそれだけでなく統一思想要項も、いやいや八大経典全てが、結局のところ、教科書だということになります。


教科書とは真理を教えるための教材であって、真理そのものではないのです。


私は現在のところ、仏典はブッダの悟り、聖書はイエスの悟り、コーランはマホメッドの悟り…ということで、全てその人の「悟り」だと解釈しております。つまり、すべての人に共通に通用する絶対的真理はなく、他の人の教説は参考にすべき教科書という程度の扱いでいいのです。


ああそうそう、「独生女」論で教団が揺れたこともありました。あれも、韓鶴子女史の「悟り」。参考にはするが、結局私自身の悟りではありません。


[2020/02/02 18:31] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


原理講論には
神と悪魔について書いてある 神はルーシェル天使長をつくった 人は悪魔サタンに変えた 
 失敗の逆をやれば元に戻る
   
  6マリアとか
  三日儀式とか


[2020/02/03 07:31] URL | 白装束 [ 編集 ] TOP ▲


Re:お久しぶり
投稿感謝です。


全文、なるほどです。


小生が長くかかって得た結論を一言で表現されたことに、ぺこりぺこりです。


教科書とは真理を教えるための教材であって、真理そのものではないのです。


サンクチュアリ教会の澤田地平さん、わかりましたか。


[2020/02/03 10:31] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


サンクチュアリ教会さん、大丈夫ですか。
まず位置づけを。
白装束さん、本名?秋月俊三さん、ちょっと文章がひどすぎるというか、なっていません。
お子さんの小学校の教科書を読んで、勉強し直してください。


文鮮明さんのお弟子さんがこんなに???
やはりというべきか。


秋月俊三さん、あなたは自覚がないと思いますが、サ教の主要なメンバーなのですよ。


ああ、それなのに。主語・述語・目的語といった日本語の基本ができていない。・


やはり、
「原理的世界は神の願う世界 非原理的世界は悪魔の願う世界」
すばらしい。億万歳であります。


貧困で進学できなかった統一の2世、いまだ借金返済をしているシックのことを、思ってしまう。
秋月さん、幸せで良かったね。


[2020/02/03 10:56] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


原理講論の焦点は再臨論
原理講論を何度も読んでいる人はなんとなく感じるかもしれませんが、焦点は再臨論です。


創造原理は神が創造した世界、それができなかったのが堕落論、もう一度創造原理の世界に戻そうというのが復帰原理、そのほかいろいろありますが、復帰するには原罪を取り去ってくれる人が必要で、それが真の父母。イエス様とその奥様が本来の真の父母だったのですが、イエス様は殺害されたので、もう一度イエス様と奥様の使命を持った人が生まれなければならなかった。その人たちがいつ、どこに生まれるかというのが再臨論ですね。


こういう論理構成ですので、一番持っていきたいのは再臨論です。最後の結論は、韓国に生まれる。しかも1917年から1920年までの間にということです。そして1920年に文鮮明師が生まれた。ジャジャジャジャーンということです。


統一原理は至る所に論理破綻が見られますのでいちいち述べませんが、ここでも日韓史をちょっとでもかじったことのある人は、アレっと思うことでしょう。1920年に韓国ってあったっけ?そう、無かったのです朝鮮半島には、日本しかなかったのです。1919年3月1日(旧暦)にパゴダ公園で独立宣言文が読み上げられたので、その日1日だけは韓国が存在した、その日に身籠っていれば韓国に生まれたことになるのだと、苦しい説明がされていますが、常識的に見れば文鮮明師は朝鮮半島に日本人として生まれたのです。


その点はまだ大目に見るとして、再臨論では全ての人類は真の父母の言葉を話すようになる、真の父母の文化を継承するようになってその文化で世界は統一されると書いてあります。


ここまできて、あれあれあれ、と思いませんか?私が統一原理を聞いたときは、まだ不思議に思いませんでした。日本語の原理講論には韓国とは書いてありませんでした。7日間の修練会で文鮮明師を明かされたときには、真理を聞いたと思って興奮していましたから、アレっと思わなかったんですね。これがカルトの手法ですね。


まあともかく、韓国に再臨主がきて、朝鮮語、朝鮮文化によって世界が統一される。これが原理講論の最終結論です。私も甘かった。祝福を受けて結婚する以前にここまで冷静に判断できていれば、退会していたでしょう。


[2020/02/03 17:04] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


Re:Re:お久しぶり
>教科書とは真理を教えるための教材であって、真理そのものではないのです。
という言い方はおかしいのであり、正しくは「聖書は真理を教えるための教科書であり、真理そのものではない」というように言わなければなりません。教科書が真理そのものでないことは当たり前のことです。


原理講論もこれと同じで「原理講論は統一原理を教えるための教科書であり、統一原理そのものではない」と言うことができます。統一原理とは先に述べたように「文鮮明師によって解明された人生と宇宙の根本問題を解決する新しい真理(33文字)」 であり、原理講論は統一原理を分かりやすく説明している解説書です。


統一原理あるいは真理とは形なき概念です。そして、その概念は言葉により表現することができます。言葉で表現することができるので人に伝えることができます。人に伝えることを目的として形になったものが原理講論や聖書と言うことができます。


[2020/02/03 17:48] URL | 澤田地平 [ 編集 ] TOP ▲


澤田さん、相手に伝わるように文章を書いてください
澤田さん
>正しくは「聖書は真理を教えるための教科書であり、真理そのものではない」というように言わなければなりません。教科書が真理そのものでないことは当たり前のことです。


だからそう書いていますよ。私が言ったそのことをオーム返しで言い返してきても「???」ですね。


>統一原理とは先に述べたように「文鮮明師によって解明された人生と宇宙の根本問題を解決する新しい真理(33文字)」 であり、原理講論は統一原理を分かりやすく説明している解説書です。


そうですかね。原理講論は極めて分かりにくい書物だと思っています。間違っている箇所もありますし。


>統一原理あるいは真理とは形なき概念です。そして、その概念は言葉により表現することができます。言葉で表現することができるので人に伝えることができます。


ここは極めて明白な論理矛盾です。「形なき概念」←→「言葉により表現することができます」


「形なき概念」を「言葉により表現することができます」訳がない。


そう言えば澤田さん、かなり昔、学生時代に飯山善弘さんを講師として7日修のスタッフをしたことがありますね。修練会後の雑談でアダムとイブがどこで生まれたか議論したことを覚えていますか。あのとき他の皆は、中東の何処かで生まれたんじゃないですかと言っていたのに対し、澤田さんは空中のどこかに羊水みたいなものが浮かんでいて、そこから生まれたんだと主張していました。他のみんなはポカンとしていました。いまだに澤田さんが言おうとしていたことの状態がわかりません。


澤田さん、形のないものを言葉にして表せるという、意味がよく飲み込めません。不立文字ということを言いたいのでしたら、論理性を重視しようとして原理講論を作る必要もない。


[2020/02/03 20:10] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


原理講論には
神と人と天使長について書いてある
 神は人を成長させるためルーシェル天使長をつくった
 ルーシェルはさびしくてエバを誘惑した
 エバは拒否しなかった それで堕落した
 エバはアダムを誘惑し また堕落した


神は怒った
 アダムはエバは自分は悪くないと言った
 つまり責任を取らなかった
それでルーシェルは悪魔になった
 悪魔をつくったのは人間である


人間は悪魔を天使に戻さなければいけない
 キリストが悪魔を天使に戻す
 我々はキリストメシアと一つにならなければいけない


[2020/02/03 21:32] URL | 白装束 [ 編集 ] TOP ▲


Re:澤田さん、相手に伝わるように文章を書いてください
■澤田:米本さんのコメント欄で横レスの応酬は禁じられていますが、ブログテーマに沿ってますので、大目に見て下さい。


□原田さん:澤田さん
>正しくは「聖書は真理を教えるための教科書であり、真理そのものではない」というように言わなければなりません。教科書が真理そのものでないことは当たり前のことです。


だからそう書いていますよ。私が言ったそのことをオーム返しで言い返してきても「???」ですね。


■澤田:原田さんは「教科書とは真理を教えるための教材であって、真理そのものではないのです」と書いており、米本さんはそれをそのまま引用し「教科書とは真理を教えるための教材であって、真理そのものではないのです。サンクチュアリ教会の澤田地平さん、わかりましたか」と書いています。だから私は「>教科書とは真理を教えるための教材であって、真理そのものではないのです。という言い方はおかしいのであり…」と、米本さんへの反論として述べました。


□原田さん:>統一原理とは先に述べたように「文鮮明師によって解明された人生と宇宙の根本問題を解決する新しい真理(33文字)」 であり、原理講論は統一原理を分かりやすく説明している解説書です。


そうですかね。原理講論は極めて分かりにくい書物だと思っています。間違っている箇所もありますし。


■澤田:原理講論は分かりにくい書物だと思う人もいるでしょう。分かりやすいと思う人もいるでしょう。私は後者です。


□原田さん:>統一原理あるいは真理とは形なき概念です。そして、その概念は言葉により表現することができます。言葉で表現することができるので人に伝えることができます。


ここは極めて明白な論理矛盾です。「形なき概念」←→「言葉により表現することができます」
「形なき概念」を「言葉により表現することができます」訳がない。


■澤田:「形而上」とは「形をもっていないもの」という意味です。そこで「形而上学は、感覚ないし経験を超え出た世界を真実在とし、その世界の普遍的な原理について理性(延いてはロゴス)的な思惟によって認識しようとする学問ないし哲学の一分野である。世界の根本的な成り立ちの理由(世界の根因)や、物や人間の存在の理由や意味など、感覚を超絶したものについて考える。対立する用語は唯物論である」(Wiki)


□原田さん:そう言えば澤田さん、かなり昔、学生時代に飯山善弘さんを講師として7日修のスタッフをしたことがありますね。修練会後の雑談でアダムとイブがどこで生まれたか議論したことを覚えていますか。あのとき他の皆は、中東の何処かで生まれたんじゃないですかと言っていたのに対し、澤田さんは空中のどこかに羊水みたいなものが浮かんでいて、そこから生まれたんだと主張していました。他のみんなはポカンとしていました。いまだに澤田さんが言おうとしていたことの状態がわかりません。


■澤田:聖書には「光あれ」、こうして光があったとか、この世界を6日間で造られたとあります。また、土の塵で人を造られたとか、鼻に命の息を吹き入れられたので生きる者となったとあります。これにはポカンとしないのですか?
アダムとイブが中東の何処かで生まれたという考えはいいとして、では誰からどのようにして生まれたんですか?原田さんの考えを聞かせて下さい。


□原田さん:澤田さん、形のないものを言葉にして表せるという、意味がよく飲み込めません。不立文字ということを言いたいのでしたら、論理性を重視しようとして原理講論を作る必要もない。


■澤田:これ↓、どうでしょうか。愛という形のないものを言葉で表していますけど。


□コリント人への第1の手紙13:4〜8:愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、 不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。


[2020/02/03 21:46] URL | 澤田地平 [ 編集 ] TOP ▲


また別の機会に
澤田さん


私はこういう議論は本来好きなのですが、あまり微に入り細を穿つ議論は、米本さんの本文の趣旨から離れてしまうかもしれませんので、回答は一旦留保させていただきます。


澤田さん、米本さんがお知りになりたいのは「統一原理とはなんぞや」ということだと思います。澤田さんから見ると、「文鮮明師が解明された絶対的真理」だということだと思います。私から見ると「文鮮明師が到達された悟りの世界」ということになります。


絶対的真理と悟りというのは、似ているようで違います。絶対的真理というのは、他者を寄せ付けません。そこはちょっと違うんじゃないのと思い始めたら、その者は排除されます。だから韓鶴子女史が、私の解釈が「絶対正しいのよ」と思えば、それと違う解釈をする文亨進氏は排除されます。また文亨進氏も、韓鶴子女史を口汚く罵る。同じ統一原理を学んでいるのにね。


だから米本さんの文章にあるように、読んだ人の分だけ統一原理解釈があって、それぞれが自分の解釈が絶対正しいと言って百家争鳴の状態に陥る。


しかし私は統一原理は文鮮明師の悟りだと思っています。それでいいんじゃない?文亨進氏は文亨進氏なりの悟りの境地に至った。文顕進氏は文顕進氏なりの、韓鶴子女史は韓鶴子女史なりの悟りの境地に至った。みんなそれぞれの生い立ち、生育環境の違いで悟りの内容が若干違うけど、同じ統一原理から出た諸派。韓鶴子女史の悟りに共鳴する者は韓鶴子女子のところに行けばいい。文亨進氏の悟りに共鳴する者は文亨進氏のところに、文顕進氏の悟りに共鳴する者は文顕進氏のところに行けばいい。あ、ちょっと脱線しました。


元に戻して、統一原理は文鮮明師の悟り。だから文鮮明師個人の出生、生育的環境が強く影響しています。イエス教がユダヤ人の救済の色彩が強かったように(サマリアの女性にはちょっと冷たいことを言いましたね)、文鮮明師は朝鮮人はどうしてこんな運命を辿らなければならないのかというところから始まっています。


そして朝鮮民族が悲しい歴史を辿らなければならなかったのは、実は朝鮮民族は選民だったからだとなる訳です。わたしは自分で日韓古代史、近現代史を学んだところでは、ちょっと違うんじゃないのと思うところがある訳ですが、文鮮明師が大戦前後に勉強したところでは、朝鮮民族は選民となるべき民族で、そこに生まれた自分が再臨主となるべきだということだったのです。で、自分を中心に世界が回ると。


このように統一原理を文鮮明師の悟りと捉えるとピタッとくる訳です。今回はここまでにしておきましょう。


[2020/02/03 23:35] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


Re:また別の機会に
また別の機会にといっても、いつになるか見当もつかないから、これだけ簡単に答えて下さい。でないと私が一方的にポカンとされたままではないですか。↓


アダムとイブが中東の何処かで生まれたという考えはいいとして、では誰からどのようにして生まれたんですか?原田さんの考えを聞かせて下さい。


[2020/02/03 23:58] URL | 澤田地平 [ 編集 ] TOP ▲


ミトコンドリア・イブ
澤田さん、私はあの当時は中東のどこかにいたと思っていましたが、最新の遺伝子学の知見では「すべての現存する人類は母方の家系をたどると、約12-20万年前に生きていたあるミトコンドリアの型をもつ女性にたどりつく」と言われるグループに属する女性たちがアフリカにいたそうです。だからアダムとエバがいたのは実際にはアフリカだったかもしれません。
実際に誰から生まれたか?考古学や遺伝学の研究の進展を待ちましょう。12万年から20万年前の人の親を特定することは不可能に思えます。が、そこに集団で暮らしていたのでしょうから、同じ人種を両親として生まれたのでしょう?


[2020/02/04 03:39] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


Re:ミトコンドリア・イブ
>同じ人種を両親として生まれたのでしょう?


……ポ……………


[2020/02/04 08:13] URL | 澤田地平 [ 編集 ] TOP ▲


横から失礼いたします。
何だか小難しいおじさん方の議論にちょっと引き気味で見ています。議論の途中で入るのは申し訳ないですが、ちょっと原理講論で検索してみました。内容が多いしそこまで興味がないから殆ど読んでませんが気になった箇所は

原理の裏側には心情があるのです。心情が伝統の基盤です。
~御言訓読と霊界動員p90~


https://genrikyousitu.jimdofree.com/%E5%8E%9F%E7%90%86%E8%AC%9B%E8%AB%96%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/


ここにおける心情とは真の愛とやらなんでしょうか?それなら真の愛とは何ですか?澤田さんが引用された聖書のコリント人への第1の手紙13:4〜8で説かれている愛の定義にさえUCの実体がついていってないように思います。


ところで、家庭連合や三男派の世界平和に対する具体的な活動は聞いた事があるのですが、サンクチュアリ教会はどんな具体的な平和活動をされてるのでしょうか?銃で世界を守るというのでしょうか?
言葉で何を語ろうが結局は実体だと感じます。


それと話は少し外れますが、白装束さんが言葉の文法がおかしくてもちゃんと収入を得て生活してたら良いですが何だか心配になるキャラです(..)


[2020/02/04 09:33] URL | sun [ 編集 ] TOP ▲


宗教は科学的真実を基礎とすべき
澤田さんの「ポ」という言葉の意味がわかりませんが、それはさておき、原理講論には「科学を探し求めてきた宗教と、宗教を探し求めてきた科学とを、統一された一つの課題として解決することのできる、新しい真理が現れなければならないのである」となっていますので、科学的真実をもとにした議論を展開しないと意味がありません。
人間を含めた哺乳類は、オスとメスが交配して、子供を産むわけです。卵を産む哺乳類もいるようですが、大体は卵ではなく、子供として生まれてくるわけです。


そして近くでお知り合いになった男女が共同作業で子供を産み、子育てをする。もちろん違う種族の人たちが恋に陥る場合もあるでしょう。が、大体が同じ種族、同じ部落で知り合って結婚する。そういうパターンじゃないですか?


そういう中で、人間が神の求める人間となったのは、【新共同訳聖書】「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」時点ですね。だから形だけの人間は他にもいっぱいいたと解釈するのが自然ですね。アダムとイブも肉体は親から生まれたのですから。これを否定すると、科学を無視した宗教となり、「「科学を探し求めてきた宗教と、宗教を探し求めてきた科学とを、統一された一つの課題として解決する」という統一原理の目標が達成できなくなります。


じゃあその鼻から息を吹き入れるとはどういうこと?これを私は、霊人体が吹き込まれたと解釈します。アダムとエバの両親を含め、形だけの人間はいっぱいいた。その中で神はアダムとエバを選ばれ、霊人体を吹き込んだ。どうでしょうか?私は空中浮揚は信じないので、空中に羊水が浮いていて、その中でアダムとエバが育ったという説は、理解できないのです。


[2020/02/04 12:49] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


余りにも未熟な統一原理
>原理は虚構、創作話。だから、100人のシックがいれば100の原理定義が披瀝されることになる。



 米本さんは神の存在を信じておらず、また宗教全般に対して批判的な考えを持っておられますが、その中で統一教会系信者と関りを多く持ち、統一教会員からは「原理」という言葉を機会があるごとに聞かされるので、その「原理」の使い方に違和感を持つようになられたのだと思います。


 しかし、「原理」は文鮮明氏や劉孝元氏の造語ではなく、数学者、物理学者、哲学者を始め多くの学者が頻繁に使用する言葉でもあるのです。
 「原理」の定義はネットのウィキペディアにも明確に書かれており、その定義には統一教会系信者とて異存はないはずです。
(ウィキペディアより引用)
原理(げんり、羅: principium、仏: principe、英: principle、独: Prinzip)とは、哲学や数学において、学問的議論を展開する時に予め置かれるべき言明。 そこから他のものが導き出され規定される始原。他を必要とせず、なおかつ他が必要とする第一のものである。


 原理講論の総序においても劉孝元氏はウィキペディアにあるような概念で「原理」を論じており、統一原理を信じている教会員は「原理」という言葉を使う場合には「そこから他のものが導き出され規定される始原。他を必要とせず、なおかつ他が必要とする第一のもの」という概念に当てはまるものとして「原理」と言っているのは間違いないのです。
 「統一原理」とは統一教会系信者が考えている「原理」が宗教と科学、さらに全ての宗教、哲学、思想を統一できると考えているので「統一」をあえて付け加えているのであり、統一教会系信者は自分達が信じている「原理」こそがまさにウィキペディアで定義されているような「原理」と確信しているのです。


 ただ、問題は原理講論で解説されたり、文鮮明氏が「み言葉」で語っているような「原理」が果たして本来の「原理」の条件を満たしているかどうか‥ということなのです。
 米本さんは当然、統一教会系信者が述べている「統一原理」は本来の「原理」の条件を満たしていないので‘別もの’と考えるであろうし、勉強が足りない統一教会系信者は「統一原理」が「原理」の条件を満たしていると考えるので「統一」をあえて付け加えずに「原理」とだけ言うこともあるのです。
 米本さんが指摘されるように「100人のシックがいれば100の原理定義が披瀝される」のは事実ですが、それには特別な理由があり、その原因は「統一原理」から派生する‘二次的法則’とも呼ぶべき「堕落論」が存在するからなのです。
 「堕落論」を除外した「創造原理」はウィキペディアに定義されている「原理」の解明を目指して追究されたものであり、ある程度は説得力があります。
 しかし「堕落論」が加わることにより、「創造原理」は現実化されていない未完成の「原理」となり、現実においては「堕落論」こそが人間社会を真に理解できる「原理」=法則というようになってしまうのです。
 勿論、達成されていない未完成の「原理」などと言うものは存在するはずもなく、考え方自体が根本的に矛盾しており、その発想は反知性以外の何ものでもありません。
 しかし、自分の頭で真剣に考えることを止め、妥協して考えを宗教に依存する宗教信者の場合は非科学的な「堕落論」を信じるようにもなり、‘未完成なる原理’なども発想として生まれてくるようになるのです。


 統一原理に関しては「創造原理」のみが本来の「原理」に近い内容となっていますが、残念ながら、その「創造原理」でさえ多くの矛盾があり、非科学的な部分が多く見つかります。
 私も創造原理の明らかな矛盾は最近になって悟ることができたのですが、それはエジプト時代から続くとされる神秘学を学ぶことによって、その間違いを悟ることができたのでした。
 即ち自分自身が勉強不足だったため、「創造原理」を「原理」であるように勘違いしてしまったのでした。
 統一教会系信者、ならびに元信者には是非もっと真理探究を続けて欲しいと思います。
 既存の宗教に妥協して知性を歪められることなく、自分の頭でしっかり「真理」を追究して欲しいと思います。
 キリスト教徒が神格化する真の神秘家―イエス・キリストも言っています。
 「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」(マタイによる福音書/7/7)


[2020/02/04 13:15] URL | 神々の黄昏 [ 編集 ] TOP ▲


素朴な疑問
原田さんのコメントで


>そして近くでお知り合いになった男女が共同作業で子供を産み、子育てをする。


前から疑問だったのですが、統一教会関連の方は愛情なしに神様の名の下の繁殖として性行為をなさるのでしょうか?
 繁殖時期が終われば夫婦関係はどうなるのか疑問ですが、最近は一般社会でも大恋愛から離婚や不倫が多いから統一教会式を否定はしません。ただ最初の性行為が儀式的ってちょっと寂しく違和感を感じます。(原罪清算の為の三日儀式って未だにあるんですか?)


とにかく心より頭が先走るみたいで、ますます真の愛とやらがわからなくなります。


[2020/02/04 16:45] URL | sun [ 編集 ] TOP ▲


文脈が全然違うのです。
sunさんは全然違う文脈を読み込まれているようです。私の書き方が問題だったのかもしれませんね。自己引用です。


「人間を含めた哺乳類は、オスとメスが交配して、子供を産むわけです。卵を産む哺乳類もいるようですが、大体は卵ではなく、子供として生まれてくるわけです。


そして近くでお知り合いになった男女が共同作業で子供を産み、子育てをする。もちろん違う種族の人たちが恋に陥る場合もあるでしょう。が、大体が同じ種族、同じ部落で知り合って結婚する。そういうパターンじゃないですか?」


これは祝福結婚に関して書いたわけではありません。ごく一般的な出会いと子作りについて書いたつもりです。ですから「恋に陥る」という言葉を使っている訳です。


結婚するにせよ、子作りするにせよ、何にせよ科学的真実というものを度外視したものはないわけで、空中に浮かんだ羊水の中で子供が育つというような意見への反論として書いたつもりです。今度からもう少しわかりやすく書くようにします。


[2020/02/04 19:40] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


返信ありがとうございます。
ただ一番私が知りたい事は文脈やら何やら関係なく、統一教会で深く愛情を感じずに夫婦になった場合繁殖時期が終われば夫婦関係はどうなるのか知りたいのですよ。
それと最初の性行為が儀式的ってちょっと寂しく違和感を感じませんでしたか?原罪清算の為の三日儀式って未だにあるんですか?
 そして何より真の愛とは何ですか?以上です。


統一教会関連の方は性が聖なるものとして学ばれてるから恥ずかしがらずオープンに語れると思うので原田さんだけでなく是非現役で信仰をお持ちの方々にお尋ねしたいです。勿論原田さんにも期待してます。話がずれて米本さんのストップが入ったら終わりで結構ですよ。


[2020/02/04 20:04] URL | sun [ 編集 ] TOP ▲


追伸
何故私が興味があるかという理由の一つに、心から愛し合ってない夫婦関係故に子供に自分の願いを託してしまい子供に信仰を押し付けてしまう事になるのではないかと想像するからです。


[2020/02/04 20:13] URL | sun [ 編集 ] TOP ▲


Re:宗教は科学的真実を基礎とすべき
オスとメスが交配して子供を産むという科学的真実に基づけば、アダムとエバも同様の経緯で誕生したと考えざるを得ないので、肉体的な両親がいたはずであるという考えですね。私もそう思います。ただし、その肉体的な親(疑似人間と呼ぶ)を「同じ人種」とは言わないのではないですか。肉身は人間と完全に同じであるけれども霊人体がない存在は動物ということができます。ですから私は原田さんの「同じ人種を両親として生まれたのでしょう?」との言葉にポ(カン)となった訳です。
そこで、この説について考察するに、アダムとエバの肉身の土台となった疑似人間の一番初めの個体(雄雌の2体)はどのようにして生まれたのでしょうか。オスとメスが交配して子供を産むという科学的真実に基づけば、一番初めの疑似人間にも両親がいることになります。この両親は何者ですか?まさか、猿ではないですよね。進化論はダメですから、同じ疑似人間でなければなりません。
これを敷衍させれば全ての哺乳類の一番初めの個体(雄雌の2体)には両親がいなければならないことになります。そしてその両親の同種族の一番初めの個体(雄雌の2体)にもまた両親がいなければならないことになり、切がありません。
ですから、哺乳類に限らず、あらゆる種の一番初めの個体はある日忽然と誕生したと考えるのが合理的ではないですか。その誕生の様子が空中浮揚か海中浮揚か土中埋設か、そこはその種の生活形態により千差万別でしょう。人間始祖アダムとエバが疑似人間から誕生したと考えるのは、むしろ例外だと思います。


[2020/02/04 20:15] URL | 澤田地平 [ 編集 ] TOP ▲


統一原理に絞りたい
sun様、真摯な返信ありがとうございます。ただ、このスレッドは統一原理について述べることが求められているように思えます。sunさんのご質問には、また別に機会があれば投稿するかもしれません。このスレッドの流れに従いたいと思いますので、今はこれにて失礼いたします。


[2020/02/04 20:20] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


原理講論によると
我々は悪魔の子なんです ルーシェル天使長を悪魔にしたのは人間なんです 本来は天使は人間の家来なんです でも責任を取らなかったので逆転したんです エバはパンドラの箱を開けたのです 


 皆さんは神側に行きたいとおもいませんか


[2020/02/04 20:23] URL | 白装束 [ 編集 ] TOP ▲


最初の生物は?
澤田さん、素朴な質問。
地球上に最初から人間がいたと思いますか?私は最初はアメーバのような単細胞生物だと思います。形の上では進化論は間違っていないと思いますよ。ただ進化の過程で神の意思が働いているかどうかだと思います。


[2020/02/04 20:58] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


Re:統一原理に絞りたい
了解です!


原田さんも澤田さんも基本的に神様から見たら兄弟関係なのでしょうし、あまり攻撃的に熱くなりすぎず議論して下さいね
。キリスト教とイスラム教のような対立はごめんだし、そんな宗教戦争を無くそうと文さんは活動されてたはずなのに、、。
 その辺も私には理解不能です。


[2020/02/04 21:59] URL | sun [ 編集 ] TOP ▲


新創造論
あらゆる種の一番初めの個体はある日忽然と誕生するのではなく、新しい遺伝子が誕生しているので、進化したように見えるだけです。澤田さん李相憲先生の新創造論を勉強してください。今のままでは恥ずかしいです。


[2020/02/04 22:31] URL | aqua [ 編集 ] TOP ▲


猿から進化したのではなく、共通の祖先からの分岐
澤田さん、人間の祖先は猿だったというと、誤解を生じます。今の進化論は、人間は猿から進化したのではなく、共通の祖先から分岐したと言っているようです。


いつ分岐したのか?700万年前だそうです。そこから別の道を歩み始めた。人間はスッキリ立つことができるようになり、長い年月をかけて脳を発達させました。今ではチンパンジーの三倍くらいの大きさになりました。形も10万年くらい前から変わり始め、35000年くらい前に今の形になったと言われています。


そうすると、700万年くらいの歴史を持ちながら、人間らしくなったのはつい10万年くらい前からということになります。先に紹介した、アフリカで発見されたミトコンドリアイブもそのくらい前に生きていたことを考えると、ひょっとしたらこの頃神様が霊人体を吹き込んだのかもしれません。


[2020/02/04 22:44] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


Re:最初の生物は?
私が進化論がダメだと言ったは進化の動機を偶然としているからであり、宇宙や生命の発生は低次元から高次元に向かっているのは明らかなことです。外的に見ればこの世界は進化していると言えるし、その進化の原動力は神様の創造にあることは論を待ちません。統一思想研究院でも新創造論という本を出しています。神様を信じる者にとり「進化の過程で神の意思が働いている」という考えは当たり前のことではないですか。


問題なのは、どのような過程で新しい種が無数に出て来たのかということの具体的な描写です。例えば象という新しい種がどのようにして地上に現れたんですか。キリンでもいいですよ。象になる前の何かが鼻を使っていたので鼻が伸びたとか、キリンになる前の何かが高いところの葉っぱを食べようとして首が伸びたという説明はアウトでしょ。ある器官を一生懸命に使っているうちにその器官が発達して、別の種になったという説明は通じません。神様が初めからそのような種を創造されたというのが私達の立場です。だったら、象とかキリンの雌雄は一番初めに、どこからどのようにして出て来たんですか、ということを私は問題にしています。象とかキリンの雌雄一対がどこかから生まれて来たことは確かなことであり、生まれた時は既に象であり、キリンなんです。


「その誕生の様子が空中浮揚か海中浮揚か土中埋設か、そこはその種の生活形態により千差万別でしょう」と私は書きましたが、私はこの考えを発展させます。「空中浮揚か海中浮揚か土中埋設」という表現は、そのような不思議な状態で新種の生命体が生まれるのではないかという私の想像でしたが、それは空中でも海中でも土中でもなく、旧種の生物の子宮がその舞台であるという着想に辿り着きました。すなわち象は象でない違う種の子宮の中で象になり、生まれてくるということであり、キリンはキリンでない違う種の子宮の中でキリンになり、生まれてくるということです。もし、私達がこの出産の現場に立ち会っているならば、親と違った生命体が生まれてくるのですから、さぞかし驚くことでしょう。


アダムとエバが疑似人間から生まれたというのもこれと同じです。疑似人間とアダムとエバは全くの別種です。人間でない疑似人間から人間が生まれるということはたいへんな驚きです。では疑似人間は誰から生まれたのかと言えば、分かりやすく言えば、それは猿です。私は「この両親は何者ですか?まさか、猿ではないですよね」と書きましたが、私は考えを変えました。疑似人間はその前段階の生命(それを猿と表現します)から生まれたと考えます。


では次に、その猿は誰から生まれたのかと言えば、例えばそれはキツネだということになります。「キツネ→猿→疑似人間→人間」と発展(あえて進化という言葉は使いません)しています。これは分かりやすくするために、ものすごく大雑把に表現しています。本当は詳しい系統樹に表記されているように、極めて緻密な発展過程を経ているでしょう。


以上を分かりやすく言えば、神様はキツネの子宮を作業場とし、キツネの胎児を材料として猿に加工したということです。で、猿が生まれたなら、次は猿の子宮を作業場とし、猿の胎児を材料として疑似人間に加工したということになり、疑似人間が生まれたなら、次は疑似人間の子宮を作業場とし、疑似人間の胎児を材料として人間に加工したというように、段階的に発展させ、新生命を生み出したと私は考えます。植物の場合で考えるなら、ある植物が実を結ぶ時に神様が働いて違う種の種に作り替えたということになります。


神様はこのように、初めに低次元の生命体を生み出し、その次には低次元の生命体を用いながら、高次元の生命体を生み出し、多様で複雑な生命に溢れるこの世界、そして最高位の人間を創造していかれたのだと思います。このような発想は、誰かがしているでしょうし、私が知らなかっただけかも知れません。また、変な考えだと思う人もいるでしょう。原田さんのお陰で、考えを深化させる機会が与えられましたので感謝です。ありがとうございます!原理(はらり)講師。


[2020/02/04 23:10] URL | 澤田地平 [ 編集 ] TOP ▲


矛盾した存在は生成することすら不可能?
原理講論の総序に、矛盾性を持ったものは生成することすら不可能であると書いてある部分があります。私は今現在、この部分は間違いであろうと思います。少し長くなりますが、引用します。


「ところで、このような人間の矛盾性は、人間が地上に初めて生を享けたときからあったものとは、到底考えられない。なぜかといえば、いかなる存在でも、矛盾性を内包したままでは、生成することさえも不可能だからである。もし人間が、地上に生を享ける以前から、既にこのような矛盾性を内包せざるを得ないような、運命的な存在であったとすれば、生まれるというそのこと自体不可能であったといえよう。したがって、人間がもっているこのような矛盾性は、後天的に生じたものだと見なければなるまい。人間のこのような破滅状態のことを、キリスト教では、堕落と呼ぶのである。」


人間の心に本心と邪心の2つの相反する指向性があり、この矛盾性は後天的に生じたものだと主張している訳です。私はそれに対して、矛盾性を持つものは発生しうる、いやむしろ宇宙の生成自体が、矛盾性を内包しつつ生まれたものだと考えている訳です。


この部分を批判するには、ある面勇気が必要です。なぜかというと、この部分は人間は堕落したのだ、堕落は後天的なものだという結論を導き出しているからです。この部分を批判することは、堕落を否定することにつながります。原罪の否定に結びつくのです。


原罪を否定すれば、メシアなんか不要ということになってしまいますが、今回はそこまで論を進めず、宇宙は矛盾性を内包しながら生成したということを述べたいと思います。


さて、宇宙は矛盾性を内包しているということを述べたいのですが、ビッグバン説というものがあります。このビッグバン説によれば、宇宙は「無」と「有」を内包しています。


ビッグバン説では宇宙は最初、点でした。点というのは、面積、体積が無いだけでなく、時間の概念までも無い「無」の状態です。しかしこの「無」は同時にのちに生成する宇宙の全てを有している「有」でもあるのです。


つまり最初の点である宇宙は点であるため「無」でありながら「有」でもあるという矛盾性を持ったまま生まれたということがわかります。このように矛盾性を持ったままでも生成しうる。いやむしろ矛盾性のないものなど存在しないと断定してもいいのではないでしょうか?


もう一つ例を挙げると、ブラックホールが「蒸発」するということが挙げられます。これは長い間物理学者たちを悩ませました。なぜなら「蒸発」するには熱が必要だからです。しかし、ブラックホールは究極的に物質が押し詰められ、もはや分子レベル、原子レベルでの振動が不可能となっています。つまり、熱なんか発生するはずがないのです。この矛盾性は結局のところ超弦理論が解消しましたが。


このように私は矛盾性のあるものも生成しうると思っています。原理講論の総序で、矛盾性を持つものは壊れたもの、生成することすらできないという主張しているのは誤っていると思っています。


じゃあこの本心と邪心の指向性って何?もっと言えば善と悪って何?私はものの見方の相違ではないかと思います。人を殺すことは悪。でも戦争で兵士が敵兵を殺すことは善。ものの見方の相違ですね。


邪心とまで行かなくても、邪心に繋がりそうなものは誰でも持っていそうですね。天使長ルーシェルにも愛の減少感があったように。


そういったことからも、本心と邪心の指向性の矛盾は堕落しなくてもあったんじゃないかと思っています。ここが原理講論の最初の誤りではないかと思います。


[2020/02/05 05:16] URL | 原田和彦 [ 編集 ] TOP ▲


原理講論によると
我々は終わりの時 悪魔につくか 神につくか 決めなければいけない 
よろしですか
地獄に行くか 天国に行くか
決めなければいけない
神は救世主メシアキリストミロクを地上に送った
  メシアに従って一生懸命頑張りましょうよ地上天国建設のために
  神とメシアとメシアの代身者2代王とともに


[2020/02/05 07:18] URL | 白装束 [ 編集 ] TOP ▲


徳野会長に提案する。
徳野さんがご存じの通り、この火の粉ブログの管理人は、統一教会(家庭連合)にきわめて批判的な立場に立っている。神の存在には批判的を通り越し否定的ですらある。


おそらく読者も十二分に認識しているはず。それなのに、管理人の立場をそっちのけで、投稿欄は原理講義(『原理講論』談義、市井の言葉では床屋談義)花盛り。


徳野さん、みんな欲求不満なのですよ。
「家庭連合」のサイトに、「統一原理とは何か」といったタイトルの自由闊達な議論ができる場をつくっていただきたいです。


わかりましたか!(韓鶴子調)


[2020/02/05 10:56] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


記事のタイトルは。
『統一原理』は無であり、収奪のための道具


澤田さん、壮年部長としていくら献金をせしめたのですか。
その方は自死していませんか。介添え人は白装束だったりして。


[2020/02/05 11:38] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


「堕落論」の完全否定
 以前にも‘火の粉’にコメント投稿した内容ですが、原理講論の「堕落論」が間違いであることは科学的な証拠から明らかです。
 「堕落論」は旧約聖書の創世記にある失楽園の物語を根拠に人類始祖の堕落について述べていますが、「堕落論」を成立させる最も重要なポイントは人類始祖とされるアダムとエバが原理講論で述べるところの霊人体を持って生まれた最初の人類であるとしているところです。
 その「霊人体」を持って生まれた人類始祖が霊的、肉体的に堕落してしまったために、子孫である全人類も堕落人間になってしまったというのが「堕落論」の骨格ですが、もし、現代人が霊人体を持って生まれた最初の人類ではなことが証明されてしまえば、「堕落論」は論理の前提から崩れてしまうのです。


 原理講論が述べるところの「霊人体」はその存在を誰もが確かめられるわけではありませんが、表現は違えど、多くの人々が人間に肉体以外の別の存在を認めています。
 ここでは詳しく書きませんが神秘学派の研究者は人間の‘幽体離脱’も実証しているとのことです。
 現代の宗教史の研究によれば、人類が初めて宗教行事を行ったのは約30万年前のことで、「死者の意図的な埋葬の最初の証拠」があるとのことです。
 さらに約13万年前には「死者の意図的な埋葬の議論のない証拠」があり、現代人ではないネアンデルタール人が既に宗教行事として埋葬を行っていたのです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99%E3%81%AE%E5%B9%B4%E8%A1%A8
 つまり、現代人が誕生する以前から人類は宗教行事を行っており、「霊人体」は現代人が初めて持つようになったという聖書のような考えは史実に反するのです。
 それが科学的な研究によって明らかになった歴然とした‘事実’であり、現代人と同じ血統にあることになるアダムとエバが最初に「霊人体」を持って生まれたとしなければ成り立たない「堕落論」は根本から間違っていることになるのです。


 さらに人類の進歩は勉強不足の統一信者が考えているように単純ではなく、現代人が誕生した時代にはまだ旧人も滅びずに存在しており、現代人と旧人の交流も存在したのです。
 https://www.nhk.or.jp/special/jinrui/archive.html


 統一教会系信者がもし『真理』を探究しようと思うならば、まず最初に堕落論を完全否定するところから始めなければなりません。
 堕落論を否定してこそ、人間の本質、第一原因=創造主/神についても真の探究ができるようになるのです。
 


[2020/02/05 13:40] URL | 神々の黄昏 [ 編集 ] TOP ▲


Re: 「堕落論」の完全否定
神々の黄昏さん、ブログ及び小生の投稿を読めばわかる通り、堕落論の正否などまるでテーマとしてはいません。


ヤマギシ会のトッコウに参加すれば、幽体離脱、オンパレードです。見に行きますか。


サタンこと文鮮明さんが神から受けた啓示=「統一原理」(高額エンドレス献金)を実行して、貧困で苦しんでいる信者少なからず。こんなことがどうして理解できなくなったのでしょうか。


神秘学派によって里帰りされたのですか。嘆かわしいことです。


(蛇足)ますます鬱になっていく。


[2020/02/05 15:25] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲


原理講論によると
この内容で書きたいですが、聖書や原理講論に反対の人は反対ですと書けばいいですよ
どうぞ
 原理講論よるとセックスで神を怒らす事をやり、責任を取らなかった、


それで責任をもつメシアが神側のセックスで頑張らなきゃいけないんです


[2020/02/05 15:45] URL | 白装束 [ 編集 ] TOP ▲


頭がおかしくなられました。

黒装束さんのキモイ投稿は、削除します。


(だんだんオカシクなってきている)


[2020/02/05 15:50] URL | 米本 [ 編集 ] TOP ▲