霊的探求の道とは
(自己改善の道)であり(自分を成長、発展させる道)である。
ところが残念なことに、そのような考え方とその道は、皆さんが悪魔に近づいて行く道なのです。
実は、これこそが霊的探究の道に潜む、危険な罠なのです。
統一信徒であれ そうでない人であれ、多くの人が 自分は霊的探究の道に従っていると信じているのを目にします。
自分たちは聖人になりつつあると自信をもっているのです。
私は何年も奉仕活動をしたんですよ。
こんなにも多くの価値あるものをしたのだから皆感謝してくれて当然でしょう!と
自慢する人もいます。
不幸にも彼らは 霊的探求の道とは自己改善の道であると信じています。
しかしそれは 同時に自己強化 傲慢、盲目的な独善が頭をもたげ なんとこれらのものは成長さえするのです。
この傲慢さは同時に自己満足でもあります。
これは 自分だけが人類に対し貢献していると確信を持たせ、自我自賛の思いと、プライドの感覚を持たせるようにします。
これが霊的探求の道に陥りやすい最も根本的な間違いの1っです。
結果として自分がいかに素晴らしいかを見せ それを誇ろうとするのです。
最初はこのような実態を直視するのは難しいです。
聞くだけで居心地が悪くなり、防御態勢に入ります。
そしてそのことにより 自分がいかにか弱く無防備であるかがわかります。
私たちはこのような間違った思考を恐れず真正面から迫ることによって、無知の道から解放され始めるのです。
霊的探求の道とは成長する道ではなく深くなっていく道であり、自分のなかからエゴを空っぽにする道です。
神様の絶対善の権威の前に自分を完全にゆだねていく道が、真の自由を得る道なのです。
自分の憎しみ 怒りなどを放棄することによってのみ 真の自由になるわけです。
はげ頭と苺より 亨進2代王様でした。
赤いところは妻が短縮させたため 支離滅裂かもしれません。
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